仲間とつくる完全地産の淡路島バーガー

仲間とつくる完全地産の淡路島バーガー

2022.07.01

この記事は淡路島在住クリエイターのお二人とつくりました。
ライター:上田志保さん / カメラマン:中田アツシさん

ご当地グルメの淡路島バーガーの中でも、島内でよく話題にあがるのが【あっくんバーガー】。
代表社員の銭神拓之さんは、幼馴染のあっくんと島に移住し、牛から育てる完全地産のバーガーづくりにチャレンジしています。

ここにいる20頭は、
全部僕らが育てている牛なんです

淡路島のとある山間部。
細い一本道を登った先の牧場で20頭の牛たちがのびのびと暮らしています。

銭神拓之さんは今、親友であり同志の濵田篤典さんとともに
牧場経営にチャレンジしています。
「ゼニ」「あっくん」と呼び合う二人は、小中高の幼馴染。

ゼニくん:
なぜか昔からあっくんと仕事をするという感覚があって、SEEDS BLENDという合同会社を立ち上げました。
当時彼はホテルマンでしたが『一緒に起業しよう』と声をかけた翌日に辞めてきてくれたんです
あっくん:
夢を語るゼニを10代の頃から見てきましたから。
ゼニは前に出てチャレンジするけど継続が苦手なタイプ。僕はそこが得意だから二番手になろうと決めました

淡路島内でハンバーガー店を営む二人がつかもうとしている夢は、自分たちが育てた牛から完全地産のバーガーをつくること。
そのために、ゼニくんが飲食事業を担い、
あっくんが淡路産の牛肉の生産をめざして牧場で働いています。

あっくん:
畜産担当は僕しかいないと思い、牛飼いの修行に入りました。
キツい仕事だと覚悟していたけど、意外と朝もゆっくりで、思ったほど重労働ではなかったですね。
もちろん生き物相手なので、5年経った今でも驚きや発見があります。まだまだお子ちゃまですよ

お手本とする親方は一代で牧場を築き、
牛舎づくりや機械の修理まで何でも自分でやってこられたそうです。

あっくん:
親方の手仕事を見て教わりました。
おかげで今なら社会がどう変わっても生きていける自信が持てるようになりました。
強さをくれた親方を尊敬しています

親方とは、洲本市の継承支援事業を通じて出逢いました。
ゆくゆくは、牧場経営を完全に引き継ぐことを目指しています。
親方と血縁関係のない若者が牧場を譲り受けるケースは、畜産業が盛んな淡路島でも例を見ないとか。

あっくん:
まだ見習いなので、まずはきちんと牧場を経営することが目標ですね。
そして、農業でもっといい暮らしをできるようにとも思っています。
下の世代から憧れられる働き方をしていきたいですね

自社の畜産担当としてだけでなく、産業の未来も見つめる視線をあっくんから感じることができました。

あっくんが育てた牛で作る【あっくんバーガー】

ハンバーガー店の名称は【あっくんバーガー】。
あっくんが育てた牛でつくるというシンプルなコンセプトですが、たやすい夢じゃなさそうです。
それでもしっかりと前に進んでいます。

ゼニくん:
近々、牧場の牛から作る【あっくんバーガー第一号】の試作を予定しています。
畜産の知識や経験、資金もない僕らがやっとここまで来たなと思います。
毎日あっくんが修行を続けて、親方と信頼関係を築いてきてくれたからですね

お話を聞くうち、夢にはもっと壮大なプランがあることに驚きました。

ゼニくん:
生産や販売だけでなく、食品加工や運送を含めた6次産業化、そして宿泊分野を加えた多角化経営を描いています。
あっくんバーガー第一号は、その夢の途中です!

夢のスタートは、淡路島対岸の神戸市垂水区から2018年に移住し、黄色いキッチンカーで移動販売をはじめたことから動き出しました。

ゼニくん:
起業当時はよくあっくんと二人で営業していました。
黄色いキッチンカーは、今でも島内のイベント会場に出店しているので見つけて欲しいですね

ランチの時間になり、
取材班はあっくんバーガーをいただくことに。
パティを焼く香ばしいにおいに、空腹が加速します。
島で人気のパン屋のバンズに、パティとベーコン、島自慢の玉ねぎなど何層にも積み上げられ、豪快にかぶりつく楽しさも味わえます。
ジューシーな食材を甘辛いソースがまとめていて、あっという間に完食!
人気の高さを納得できる味でした。

あっくんバーガーは、移動販売で島内の認知度を高める一方で、淡路市志筑地区に店舗を構えています。
おしゃれにリノベーションされた一軒家のあたたかい雰囲気が目を引きます。

ゼニくん:
移動販売を通じて、地元の人や島外のお客さん、僕らのような移住者など、たくさんの人と出逢いました。
それがとても刺激的で。
『僕らも人が集う拠点をつくりたい』と思って、イートインできる店舗をもちました

挑戦する人が混ざり合うブレンドショップ

あっくんバーガー本店として開店した店舗は、
2021年にリニューアルし「⁼AWAJI⁼ BLEND STORE」というショップ名になりました。

あっくんバーガーの営業のほか、店舗を持たない人たちが日替わりでショップを展開しています。
一般では「シェアキッチン」と呼ばれる営業形態ですが、「ブレンドと名付けたのは、個々の店を切り分けるのではなく、混ぜることを大事にしたかったから」とゼニくんは言います。
2022年5月からは二階で「BLEND HOUSE」として宿泊希望者の募集もはじめています。

そのきっかけともいえるのが、現在ブレンドストアでカフェ
「ku-neru tokoro(クーネルトコロ)」を週2日営業している篠原渚さん。
彼女がインスタに送った一通のDMが出逢いを生みました。

彼女には
「食べて寝泊まりできる場所を作る」
という夢があり、料理人のパートナーと移住先を探していたそうです。

渚ちゃん:
DMに返信をもらってすぐ会いに来ました。
その場で
『ここで週何日か二人のお店を営業して、家が決まるまで上に住めばいいよ』
と言ってもらえたんです
ゼニくん:
本当に会いに来たんだと驚きましたよ!
でも、話してみると価値観や夢がはっきりしているので共感しました。
僕たち自身が模索中だから、同じチャレンジャーを応援したくて
渚ちゃん:
私たちのカフェ以外にも、発酵スイーツやシェイクなど、個性的なショップが入れ替わり営業してます。
先日は各ショップ持ち寄りのイベントも行いました。
先を走るあっくんバーガーを見て、どんどん挑戦しようと思っています!

彼女たちが入って約一年。
今では営業会議にも加わり、客観的な視点を持つストッパー役としても頼りになる存在だそうです。
ゼニくんは「きっといつか卒業するけど、その先も、一緒にやって行けたらいいなと思っています」と話していました。

現在、ブレンドショップには東京から来た現役大学生の平原元気さんが住み込み、牛の飼育と店頭販売のインターンをしています。

元気くん:
挫折をしてみたかったんです。自分は何でもそつなくできる方だと思っていたんですが、このままでいいのかという思いがあり、インターンにチャレンジしました。
牧場で働きはじめたある日、あっくんに
『顔色ばかり見て、そのまま30歳になった時に何ができるんだ?』と言われたんですよね。
ズバッとした指摘はまるで『崖』のようで、乗り越えるやりがいを感じています

第一印象は繊細で知的な元気くんですが、
壁ではなく崖と表現したその言葉から、そびえるデコボコを掴みながら上がっていくタフな姿が目に浮かびました。
インターン中は、調理師の資格を生かして「居酒屋げんき」を不定期でオープンしているそうです。

次々とチャレンジャーを受け入れているゼニくんは「受け皿を持ちたい」と話してくれました。

ゼニくん:
自分が雇用主として大きな受け皿を持てたら、色んな人に働いてもらえます。
僕は、妹がダウン症、母親がうつ病という環境で育ち、障がいや病気のある人が自立する難しさを目の当たりにしてきました。
僕らが生産・加工・販売・消費・運搬・宿泊という多様な部門を持ちたい理由がそこにあります。

例えば『今日は牛の餌やりをしたくない』なら、ミンチ加工に回ってもらうとかね。
その場にマッチングしないから切り捨てるのではなく、別の場所を用意できる体制づくりをしていきます

ゼニくんの家族への思い。
壮大な夢を叶えるための指針は、ここにありました。

みんなで夢を語りながら、走りつづける

終始笑顔のゼニくんは順調に未来を切り拓いているように見えますが…

ゼニくん:
まったく順調じゃないですよ!
何度失敗しても折れないのは、女手一つで育ててくれた母の愛情のおかげ。
中学からそばにいてくれた妻にも感謝しています

さらに笑って
「仲間ができるたびに、また養う家族が増えたなと思っちゃいます」
と話すゼニくんに、ちょっと先に叶えたいことを聞いてみました。

ゼニくん:
仲間のみんなで家族旅行したいですね!
遠くじゃなくてもいいから『うわぁ~っ!』と遊びたいです

完全地産の『あっくんバーガー第一号』が完成すると、きっと島内を駆け巡るニュースになるでしょう。
奔走するゼニくんが大事にしているのは、「何でもわかってもらえるまで話す」ことだそう。
思いをずっと発信しているからこそ受信する人たちも増えて、あたらしい仲間が増え続けていくのですね。

関連リンク

「あっくんバーガー」Instagram

「ku-neru tokoro」Instagram

「seedsblend」Instagram

こちらの記事は、
この方々と一緒につくりました!

「コピー・デザイン・イラストで想いに触れる」淡路島在住
上田志保さん(ライター)

<撮影の感想>
ひとつとして同じエピソードがなくとっても刺激的でした。
みなさんの夢が重なっていくと、
島の未来がもっと楽しくなりそうです!

こちらに掲載している淡路島のマップも上田さんのデザインです。ぜひご覧ください。

インスタグラム
ウェブサイト

淡路島を拠点に活動する写真家
中田アツシさん(カメラマン)

<撮影の感想>
地元での撮影でしたが、動画と並走する形だったためタイミングを読みながらのとてもスリリングな撮影で、普段以上の達成感を得られました。

記事内の素敵な写真は、すべて中田さんに撮影していただきました。

インスタグラム
ウェブサイト

この国をもっと満喫したい

au 5Gのある風景
日本には美しい風景がたくさんあるので、
全国各地を巡ってみました。

ここにいる20頭は、
全部僕らが育てている牛なんです

淡路島のとある山間部。
細い一本道を登った先の牧場で20頭の牛たちがのびのびと暮らしています。

銭神拓之さんは今、親友であり同志の濵田篤典さんとともに
牧場経営にチャレンジしています。
「ゼニ」「あっくん」と呼び合う二人は、小中高の幼馴染。

ゼニくん:
なぜか昔からあっくんと仕事をするという感覚があって、SEEDS BLENDという合同会社を立ち上げました。
当時彼はホテルマンでしたが『一緒に起業しよう』と声をかけた翌日に辞めてきてくれたんです
あっくん:
夢を語るゼニを10代の頃から見てきましたから。
ゼニは前に出てチャレンジするけど継続が苦手なタイプ。僕はそこが得意だから二番手になろうと決めました

淡路島内でハンバーガー店を営む二人がつかもうとしている夢は、自分たちが育てた牛から完全地産のバーガーをつくること。
そのために、ゼニくんが飲食事業を担い、
あっくんが淡路産の牛肉の生産をめざして牧場で働いています。

あっくん:
畜産担当は僕しかいないと思い、牛飼いの修行に入りました。
キツい仕事だと覚悟していたけど、意外と朝もゆっくりで、思ったほど重労働ではなかったですね。
もちろん生き物相手なので、5年経った今でも驚きや発見があります。まだまだお子ちゃまですよ

お手本とする親方は一代で牧場を築き、
牛舎づくりや機械の修理まで何でも自分でやってこられたそうです。

あっくん:
親方の手仕事を見て教わりました。
おかげで今なら社会がどう変わっても生きていける自信が持てるようになりました。
強さをくれた親方を尊敬しています

親方とは、洲本市の継承支援事業を通じて出逢いました。
ゆくゆくは、牧場経営を完全に引き継ぐことを目指しています。
親方と血縁関係のない若者が牧場を譲り受けるケースは、畜産業が盛んな淡路島でも例を見ないとか。

あっくん:
まだ見習いなので、まずはきちんと牧場を経営することが目標ですね。
そして、農業でもっといい暮らしをできるようにとも思っています。
下の世代から憧れられる働き方をしていきたいですね

自社の畜産担当としてだけでなく、産業の未来も見つめる視線をあっくんから感じることができました。

あっくんが育てた牛で作る【あっくんバーガー】

ハンバーガー店の名称は【あっくんバーガー】。
あっくんが育てた牛でつくるというシンプルなコンセプトですが、たやすい夢じゃなさそうです。
それでもしっかりと前に進んでいます。

ゼニくん:
近々、牧場の牛から作る【あっくんバーガー第一号】の試作を予定しています。
畜産の知識や経験、資金もない僕らがやっとここまで来たなと思います。
毎日あっくんが修行を続けて、親方と信頼関係を築いてきてくれたからですね

お話を聞くうち、夢にはもっと壮大なプランがあることに驚きました。

ゼニくん:
生産や販売だけでなく、食品加工や運送を含めた6次産業化、そして宿泊分野を加えた多角化経営を描いています。
あっくんバーガー第一号は、その夢の途中です!

夢のスタートは、淡路島対岸の神戸市垂水区から2018年に移住し、黄色いキッチンカーで移動販売をはじめたことから動き出しました。

ゼニくん:
起業当時はよくあっくんと二人で営業していました。
黄色いキッチンカーは、今でも島内のイベント会場に出店しているので見つけて欲しいですね

ランチの時間になり、
取材班はあっくんバーガーをいただくことに。
パティを焼く香ばしいにおいに、空腹が加速します。
島で人気のパン屋のバンズに、パティとベーコン、島自慢の玉ねぎなど何層にも積み上げられ、豪快にかぶりつく楽しさも味わえます。
ジューシーな食材を甘辛いソースがまとめていて、あっという間に完食!
人気の高さを納得できる味でした。

あっくんバーガーは、移動販売で島内の認知度を高める一方で、淡路市志筑地区に店舗を構えています。
おしゃれにリノベーションされた一軒家のあたたかい雰囲気が目を引きます。

ゼニくん:
移動販売を通じて、地元の人や島外のお客さん、僕らのような移住者など、たくさんの人と出逢いました。
それがとても刺激的で。
『僕らも人が集う拠点をつくりたい』と思って、イートインできる店舗をもちました

挑戦する人が混ざり合うブレンドショップ

あっくんバーガー本店として開店した店舗は、
2021年にリニューアルし「⁼AWAJI⁼ BLEND STORE」というショップ名になりました。

あっくんバーガーの営業のほか、店舗を持たない人たちが日替わりでショップを展開しています。
一般では「シェアキッチン」と呼ばれる営業形態ですが、「ブレンドと名付けたのは、個々の店を切り分けるのではなく、混ぜることを大事にしたかったから」とゼニくんは言います。
2022年5月からは二階で「BLEND HOUSE」として宿泊希望者の募集もはじめています。

そのきっかけともいえるのが、現在ブレンドストアでカフェ
「ku-neru tokoro(クーネルトコロ)」を週2日営業している篠原渚さん。
彼女がインスタに送った一通のDMが出逢いを生みました。

彼女には
「食べて寝泊まりできる場所を作る」
という夢があり、料理人のパートナーと移住先を探していたそうです。

渚ちゃん:
DMに返信をもらってすぐ会いに来ました。
その場で
『ここで週何日か二人のお店を営業して、家が決まるまで上に住めばいいよ』
と言ってもらえたんです
ゼニくん:
本当に会いに来たんだと驚きましたよ!
でも、話してみると価値観や夢がはっきりしているので共感しました。
僕たち自身が模索中だから、同じチャレンジャーを応援したくて
渚ちゃん:
私たちのカフェ以外にも、発酵スイーツやシェイクなど、個性的なショップが入れ替わり営業してます。
先日は各ショップ持ち寄りのイベントも行いました。
先を走るあっくんバーガーを見て、どんどん挑戦しようと思っています!

彼女たちが入って約一年。
今では営業会議にも加わり、客観的な視点を持つストッパー役としても頼りになる存在だそうです。
ゼニくんは「きっといつか卒業するけど、その先も、一緒にやって行けたらいいなと思っています」と話していました。

現在、ブレンドショップには東京から来た現役大学生の平原元気さんが住み込み、牛の飼育と店頭販売のインターンをしています。

元気くん:
挫折をしてみたかったんです。自分は何でもそつなくできる方だと思っていたんですが、このままでいいのかという思いがあり、インターンにチャレンジしました。
牧場で働きはじめたある日、あっくんに
『顔色ばかり見て、そのまま30歳になった時に何ができるんだ?』と言われたんですよね。
ズバッとした指摘はまるで『崖』のようで、乗り越えるやりがいを感じています

第一印象は繊細で知的な元気くんですが、
壁ではなく崖と表現したその言葉から、そびえるデコボコを掴みながら上がっていくタフな姿が目に浮かびました。
インターン中は、調理師の資格を生かして「居酒屋げんき」を不定期でオープンしているそうです。

次々とチャレンジャーを受け入れているゼニくんは「受け皿を持ちたい」と話してくれました。

ゼニくん:
自分が雇用主として大きな受け皿を持てたら、色んな人に働いてもらえます。
僕は、妹がダウン症、母親がうつ病という環境で育ち、障がいや病気のある人が自立する難しさを目の当たりにしてきました。
僕らが生産・加工・販売・消費・運搬・宿泊という多様な部門を持ちたい理由がそこにあります。

例えば『今日は牛の餌やりをしたくない』なら、ミンチ加工に回ってもらうとかね。
その場にマッチングしないから切り捨てるのではなく、別の場所を用意できる体制づくりをしていきます

ゼニくんの家族への思い。
壮大な夢を叶えるための指針は、ここにありました。

みんなで夢を語りながら、走りつづける

終始笑顔のゼニくんは順調に未来を切り拓いているように見えますが…

ゼニくん:
まったく順調じゃないですよ!
何度失敗しても折れないのは、女手一つで育ててくれた母の愛情のおかげ。
中学からそばにいてくれた妻にも感謝しています

さらに笑って
「仲間ができるたびに、また養う家族が増えたなと思っちゃいます」
と話すゼニくんに、ちょっと先に叶えたいことを聞いてみました。

ゼニくん:
仲間のみんなで家族旅行したいですね!
遠くじゃなくてもいいから『うわぁ~っ!』と遊びたいです

完全地産の『あっくんバーガー第一号』が完成すると、きっと島内を駆け巡るニュースになるでしょう。
奔走するゼニくんが大事にしているのは、「何でもわかってもらえるまで話す」ことだそう。
思いをずっと発信しているからこそ受信する人たちも増えて、あたらしい仲間が増え続けていくのですね。