サーフボードで、漆文化の楽しさと伝統を次世代へつなぐ

サーフボードで、漆文化の楽しさと伝統を次世代へつなぐ

2023.04.18

海でひときわ目を惹く漆塗りのサーフボード。つくったのは、京都市内で漆の精製業を営む堤 卓也(つつみ たくや)さんです。漆を売ることを本業とされている「漆問屋」の堤さんが、なぜさまざまな漆塗りのプロダクトを手掛けているのでしょうか?

たいせつなのは「漆を一滴残らず綺麗に使うこと」

堤 卓也さんの本業は、京都市内で114年続く漆問屋「堤淺吉漆店(つつみあさきちうるしてん)」の四代目。
堤さんの工場(こうば)には、漆掻き職人さんが漆の木に傷をつけて採取した漆の樹液が運ばれてきます。
運ばれてきたものには木のカスやゴミなどが入っているので、濾して、漆塗り職人さんなどのお客さんの用途に合わせて、塗料の漆として使えるように精製するのが堤さんのお仕事。

そんな堤さんですが、最初は家業を継ぐつもりはなかったそう。
北海道大学の農学部に進学し現地で就職した堤さんが京都に戻ってきたのは、社長であるお父さんからの「製造が大変だから手伝ってほしい」という連絡がきっかけだとか。

堤さん:
困ってるって言われたら助けないと、と。
それに、僕にとって漆っておじいちゃんとの思い出が強くて。おじいちゃん、漆でおもちゃを直したりしてくれたりして、かっこよかったんです。
いま社訓のようになっている「漆を一滴のこらず綺麗に使うことが、いちばんたいせつ」というのは、おじいちゃんから受け継いだ想いです

自然由来のものだけでつくられた漆×サーフボード

日本を代表する伝統工芸である漆ですが、その需要は年々減ってきているといいます。1950年代には年33.7トンほどだった国産漆の生産総量も、現在はたった年1.8トン程度に激減。

堤さん:
僕の大好きな漆がどんどん使われなくなってしまっているのがとても悲しかったんです。だから、この状況をどうにか変えたくて、「漆の素材側の魅力」をいろんな人に知っていただくために2016年に「うるしのいっぽ」というプロジェクトを始めました。
はじめは、漆のよさを知ってもらう冊子や映像やウェブサイトを作って地道に配ったり、SNSで発信したり。
徐々に努力が実を結んで、各地の講演会に呼ばれるようにもなりました

しかし、伝統工芸関係者には強く響いたものの、一般層にまではあまり広まらなかったといいます。
そこで、普段なかなか漆と接点のない若い世代や海外の方にも漆に興味を持ってもらいたいと思って始めたのが、漆×サーフボード、漆×スケートボード、漆×BMX(自転車)といった若者中心のストリートカルチャーと漆を掛け合わせた「BEYOND TRADITION」プロジェクトです。

堤さん:
僕は昔からサーフィンが好きなので、ずっとサーフボードに漆を塗りたくて。
サーフボードって発泡スチロールや合成樹脂製のものが多いのですが、そんななか環境のことを考えて木製のサーフボードを作っているトム・ウェグナーさんという方がいて、トムさんのボードに塗ってみたいという夢がありました。

トムさんは、アライア(古代ハワイアンが使っていた木製サーフボード)を現代に復活させた世界的に有名なウッドボードシェイパー。
一本の丸太から作るアライアと漆なら、100%自然素材、つまり循環可能な漆の価値を国内外の人に伝えることができると堤さんは考えたそう。

堤さん:
プロデューサーであるSHIN&CO.の青木 真さんの働きかけで、僕が漆や環境への想いを語った映像をトムさんに見ていただく機会があって。そうしたら、なんと「漆いいね、一緒にやろう!」と言ってくださったんです。

漆塗りのアライアを制作する姿を追った様子は『Beyond Tradition』というタイトルで自主映画化。Florida Surf Film FestivalでBest Documentary shortを受賞しました。
その後、堤さんはさらに活動の幅を広げ、新たな仲間たちと漆のサーフボード「漆板SIITA」を制作し始めます。

堤さん:
漆の木製サーフボード「漆板SIITA」は、浮力を持たすために中にはスタイロフォームを使っていますが、合成樹脂を使わず木と漆で仕上げ、作る人にも地球にも優しいサーフボードです

実際に漆を塗ったサーフボードを見せてもらいましたが、透けた飴色の光沢がとても綺麗。さらに、感触も手のひらにしっとりとなじむようでした。
とても美しいボードですが、実際の使い心地はどうなのでしょうか?

堤さん:
僕もガンガン使っていますが、丈夫だし最高です。あまり知られていないですが、漆は撥水性が高く摩擦が少ないのでスピードが出やすいんですよ!しかも気持ちがいい。周りのみんなも、海のなかに入ったら撫でてくるほどです。

人間って自分に近い物を気持ちいいと感じるらしくて。漆は水分を持ったまま固まる性質があるんですが、人の体もほぼ水分でできていて似てるから、触ったときに気持ちよく感じるそうなんです

メンテナンスを重ねるごとにより丈夫に美しく

サーフボードやスケートボードなどを作る堤さんの工房は、京都市内から車で1時間程度離れた京北(けいほく)町にあります。
林業が盛んな京北は、見渡す限りスギやヒノキの木々でいっぱい。市内とは気温も違い、10月になると夜には暖房が必要になるほどだとか。

堤さんの工房にお邪魔すると、一緒にプロジェクトを進めている仲間の皆さんもあたたかく出迎えてくれました。工房も、古民家をリノベーションして皆さんとともにご自身でつくられたそう。床にはしっかりと綺麗な漆が塗られています。

堤さん:
漆の作業台や混ぜ棒、塗師屋包丁といった道具にもすべて漆を塗ってるんです。理由は、道具を丈夫にして守るためと、漆が付着しても拭き取りやすくするため。
漆を塗った道具は使い続けることで自分の手にも合ってきて持ち感も気持ちよくなるし、かっこよくなるんです。デニムみたいに。

さらに漆の場合は、塗ってつないで、修理して使い続けられます。次の世代の子どもも同じものが使えるっていうのが、すごくかっこいいなって

その良さを多くの人に伝えるため、漆の体験ワークショップも行っています。そこで堤さんの選んだ題材の一つがスケートボードです。
漆を塗り直したら丈夫になってずっと使い続けられるということをワークショップで伝えると、若いスケーターたちも大盛り上がりだったのだとか。

堤さん:
ワークショップでは、「拭き漆(ふきうるし)」っていう、漆を何度も木に摺り込むシンプルな技法でやっています。
板の表面の黒い部分は、前についた傷に漆が染み込んだ所なんです。黒さの度合いも、傷のできた時期によって違うんですよね。どんどんついていく傷が、自分の歴史みたいになっていく。
メンテナンスを重ねて、塗れば塗るほど丈夫になるから、ずっと乗れるんです。

たしかに、ボードの傷の黒い部分も「あえて」の加工のようでかっこいい。
実際に拭き漆を体験したスケーターたちは、口をそろえて「おもしろい!」と大喜びなのだそう。

堤さん:
みんな、まず漆というものが何なのか知らないから、カフェオレ色の漆を見ただけで「こんな色なんだ!」から驚いて。そこから色が変化していくのを見て「えっ、色が変わった!」って。

拭き漆ってめっちゃ簡単なんですよ。職人さんみたいに綺麗に仕上げるのは難しいけど、少しうまくいかなくても「味」としてかっこいいので、簡単。

みんな、いままで知らなかった「伝統工芸」に触れること自体も楽しいみたいで。こういう経験を通して、漆に対しての見方も変わったらいいなあと思っています

漆をきっかけに、循環型の社会をつくりたい

そんな交流を通して漆を知った人たちが「自分たちにできることはありますか?」と聞いてきてくれることが増えたそう。
もっと大きな枠組みで漆の普及活動ができないかと考えた堤さんは、工藝文化コーディネーターの高室幸子さんと「一般社団法人パースペクティブ」を立ち上げ、「工藝の森」という概念のもと、京北で漆の木の植栽を始めました。

堤さん:
漆の木を一緒に植えて育てる過程で、漆への興味や愛着が湧くんじゃないかな、と。
まだ植えたばかりですが、いずれ「工藝の森」で採れた漆を使って、ものづくりができればいいですね

森で原料を育てる。その原料でモノづくりをすることで、経済が回って、その地域が元気になっていく。そんな、森からはじまるモノづくりの循環が理想だと堤さんは語ります。

堤さん:
漆は色んなモノや人を「つなげられる素材」なんです。いろんなものにも塗れるし、金箔を貼るのにも使えるし、金継ぎとして欠けた器を直すのにも使える。
だからそんな漆が育つためにも、「つなぐ相手」である木や、工芸が育っていく地域や人自体が元気じゃなきゃいけないんです

いま堤さんが取り組んでいるのは、熊が鋭い爪で剥いだ木を利用して製品をつくる「ベアーズウッドプロジェクト」。
剥がれた部分は腐り、木材としての価値が半分になってしまいますが、効率よく切り出すことで、まるまる一本の価格で林業家さんから買い取り、漆製品をつくるというプロジェクトです。

本プロジェクトの代表である木工家の吉田真理さんや林業家の四辻誠悟さん、サーフボードシェイパーのホドリゴ松田さんたちとともに、森で循環する新しいモノつくりに挑戦しています。

堤さん:
今まで熊剥ぎの状態の木は放置され腐っていたのですが、この取り組みによって林業家さんも切り出すようになり、山が元気な状態になるんです。

この山で切り出された木を加工する文化が京北で生まれて、「一緒にこんなのつくろうよ!」って人が集まってきたらいいなって。
京北でつくることでここの人たちにお金が落ちて、地域の経済が元気になるっていう、循環型の社会がつくれたらいいなと考えています

明るくて気さくな堤さんの周りには、取材の最中も自然と多くの仲間が集まってきていました。「いつも周りに助けてもらっています」とはにかむ堤さんですが、周囲の皆さんもとても楽しそう。

堤さん:
僕も一緒にやっている仲間たちも、楽しくて集まってる。漆は素材だけでなく「楽しい」をつなぐものにもなってるんですよね

取材中、堤さんたちは工房からほど近い、夕日が綺麗だというスポットに案内してくれました。ゆるやかに流れる小川に暮れゆく茜色の陽が反射し、きらきらと美しく京北の丘を輝かせます。
夕日に照らされた堤さんは「堤さんに会わなかったら漆に一生興味持たなかったけど、漆ほんとかっこいい!って漆器にも興味を持ってくれる若者が増えたんです」と嬉しそうに教えてくれました。

すっかり日が暮れた取材後。新しいプロジェクトの打ち合わせがあると、仲間の皆さんと談笑しながら工房に戻っていく堤さんの姿には、「次世代に楽しさと伝統を伝えたい」という頼もしさが垣間見えました。

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うるしのいっぽ

堤淺吉漆店HP

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堤 卓也さんの本業は、京都市内で114年続く漆問屋「堤淺吉漆店(つつみあさきちうるしてん)」の四代目。
堤さんの工場(こうば)には、漆掻き職人さんが漆の木に傷をつけて採取した漆の樹液が運ばれてきます。
運ばれてきたものには木のカスやゴミなどが入っているので、濾して、漆塗り職人さんなどのお客さんの用途に合わせて、塗料の漆として使えるように精製するのが堤さんのお仕事。

そんな堤さんですが、最初は家業を継ぐつもりはなかったそう。
北海道大学の農学部に進学し現地で就職した堤さんが京都に戻ってきたのは、社長であるお父さんからの「製造が大変だから手伝ってほしい」という連絡がきっかけだとか。

堤さん:
困ってるって言われたら助けないと、と。
それに、僕にとって漆っておじいちゃんとの思い出が強くて。おじいちゃん、漆でおもちゃを直したりしてくれたりして、かっこよかったんです。
いま社訓のようになっている「漆を一滴のこらず綺麗に使うことが、いちばんたいせつ」というのは、おじいちゃんから受け継いだ想いです

自然由来のものだけでつくられた漆×サーフボード

日本を代表する伝統工芸である漆ですが、その需要は年々減ってきているといいます。1950年代には年33.7トンほどだった国産漆の生産総量も、現在はたった年1.8トン程度に激減。

堤さん:
僕の大好きな漆がどんどん使われなくなってしまっているのがとても悲しかったんです。だから、この状況をどうにか変えたくて、「漆の素材側の魅力」をいろんな人に知っていただくために2016年に「うるしのいっぽ」というプロジェクトを始めました。
はじめは、漆のよさを知ってもらう冊子や映像やウェブサイトを作って地道に配ったり、SNSで発信したり。
徐々に努力が実を結んで、各地の講演会に呼ばれるようにもなりました

しかし、伝統工芸関係者には強く響いたものの、一般層にまではあまり広まらなかったといいます。
そこで、普段なかなか漆と接点のない若い世代や海外の方にも漆に興味を持ってもらいたいと思って始めたのが、漆×サーフボード、漆×スケートボード、漆×BMX(自転車)といった若者中心のストリートカルチャーと漆を掛け合わせた「BEYOND TRADITION」プロジェクトです。

堤さん:
僕は昔からサーフィンが好きなので、ずっとサーフボードに漆を塗りたくて。
サーフボードって発泡スチロールや合成樹脂製のものが多いのですが、そんななか環境のことを考えて木製のサーフボードを作っているトム・ウェグナーさんという方がいて、トムさんのボードに塗ってみたいという夢がありました。

トムさんは、アライア(古代ハワイアンが使っていた木製サーフボード)を現代に復活させた世界的に有名なウッドボードシェイパー。
一本の丸太から作るアライアと漆なら、100%自然素材、つまり循環可能な漆の価値を国内外の人に伝えることができると堤さんは考えたそう。

堤さん:
プロデューサーであるSHIN&CO.の青木 真さんの働きかけで、僕が漆や環境への想いを語った映像をトムさんに見ていただく機会があって。そうしたら、なんと「漆いいね、一緒にやろう!」と言ってくださったんです。

漆塗りのアライアを制作する姿を追った様子は『Beyond Tradition』というタイトルで自主映画化。Florida Surf Film FestivalでBest Documentary shortを受賞しました。
その後、堤さんはさらに活動の幅を広げ、新たな仲間たちと漆のサーフボード「漆板SIITA」を制作し始めます。

堤さん:
漆の木製サーフボード「漆板SIITA」は、浮力を持たすために中にはスタイロフォームを使っていますが、合成樹脂を使わず木と漆で仕上げ、作る人にも地球にも優しいサーフボードです

実際に漆を塗ったサーフボードを見せてもらいましたが、透けた飴色の光沢がとても綺麗。さらに、感触も手のひらにしっとりとなじむようでした。
とても美しいボードですが、実際の使い心地はどうなのでしょうか?

堤さん:
僕もガンガン使っていますが、丈夫だし最高です。あまり知られていないですが、漆は撥水性が高く摩擦が少ないのでスピードが出やすいんですよ!しかも気持ちがいい。周りのみんなも、海のなかに入ったら撫でてくるほどです。

人間って自分に近い物を気持ちいいと感じるらしくて。漆は水分を持ったまま固まる性質があるんですが、人の体もほぼ水分でできていて似てるから、触ったときに気持ちよく感じるそうなんです

メンテナンスを重ねるごとにより丈夫に美しく

サーフボードやスケートボードなどを作る堤さんの工房は、京都市内から車で1時間程度離れた京北(けいほく)町にあります。
林業が盛んな京北は、見渡す限りスギやヒノキの木々でいっぱい。市内とは気温も違い、10月になると夜には暖房が必要になるほどだとか。

堤さんの工房にお邪魔すると、一緒にプロジェクトを進めている仲間の皆さんもあたたかく出迎えてくれました。工房も、古民家をリノベーションして皆さんとともにご自身でつくられたそう。床にはしっかりと綺麗な漆が塗られています。

堤さん:
漆の作業台や混ぜ棒、塗師屋包丁といった道具にもすべて漆を塗ってるんです。理由は、道具を丈夫にして守るためと、漆が付着しても拭き取りやすくするため。
漆を塗った道具は使い続けることで自分の手にも合ってきて持ち感も気持ちよくなるし、かっこよくなるんです。デニムみたいに。

さらに漆の場合は、塗ってつないで、修理して使い続けられます。次の世代の子どもも同じものが使えるっていうのが、すごくかっこいいなって

その良さを多くの人に伝えるため、漆の体験ワークショップも行っています。そこで堤さんの選んだ題材の一つがスケートボードです。
漆を塗り直したら丈夫になってずっと使い続けられるということをワークショップで伝えると、若いスケーターたちも大盛り上がりだったのだとか。

堤さん:
ワークショップでは、「拭き漆(ふきうるし)」っていう、漆を何度も木に摺り込むシンプルな技法でやっています。
板の表面の黒い部分は、前についた傷に漆が染み込んだ所なんです。黒さの度合いも、傷のできた時期によって違うんですよね。どんどんついていく傷が、自分の歴史みたいになっていく。
メンテナンスを重ねて、塗れば塗るほど丈夫になるから、ずっと乗れるんです。

たしかに、ボードの傷の黒い部分も「あえて」の加工のようでかっこいい。
実際に拭き漆を体験したスケーターたちは、口をそろえて「おもしろい!」と大喜びなのだそう。

堤さん:
みんな、まず漆というものが何なのか知らないから、カフェオレ色の漆を見ただけで「こんな色なんだ!」から驚いて。そこから色が変化していくのを見て「えっ、色が変わった!」って。

拭き漆ってめっちゃ簡単なんですよ。職人さんみたいに綺麗に仕上げるのは難しいけど、少しうまくいかなくても「味」としてかっこいいので、簡単。

みんな、いままで知らなかった「伝統工芸」に触れること自体も楽しいみたいで。こういう経験を通して、漆に対しての見方も変わったらいいなあと思っています

漆をきっかけに、循環型の社会をつくりたい

そんな交流を通して漆を知った人たちが「自分たちにできることはありますか?」と聞いてきてくれることが増えたそう。
もっと大きな枠組みで漆の普及活動ができないかと考えた堤さんは、工藝文化コーディネーターの高室幸子さんと「一般社団法人パースペクティブ」を立ち上げ、「工藝の森」という概念のもと、京北で漆の木の植栽を始めました。

堤さん:
漆の木を一緒に植えて育てる過程で、漆への興味や愛着が湧くんじゃないかな、と。
まだ植えたばかりですが、いずれ「工藝の森」で採れた漆を使って、ものづくりができればいいですね

森で原料を育てる。その原料でモノづくりをすることで、経済が回って、その地域が元気になっていく。そんな、森からはじまるモノづくりの循環が理想だと堤さんは語ります。

堤さん:
漆は色んなモノや人を「つなげられる素材」なんです。いろんなものにも塗れるし、金箔を貼るのにも使えるし、金継ぎとして欠けた器を直すのにも使える。
だからそんな漆が育つためにも、「つなぐ相手」である木や、工芸が育っていく地域や人自体が元気じゃなきゃいけないんです

いま堤さんが取り組んでいるのは、熊が鋭い爪で剥いだ木を利用して製品をつくる「ベアーズウッドプロジェクト」。
剥がれた部分は腐り、木材としての価値が半分になってしまいますが、効率よく切り出すことで、まるまる一本の価格で林業家さんから買い取り、漆製品をつくるというプロジェクトです。

本プロジェクトの代表である木工家の吉田真理さんや林業家の四辻誠悟さん、サーフボードシェイパーのホドリゴ松田さんたちとともに、森で循環する新しいモノつくりに挑戦しています。

堤さん:
今まで熊剥ぎの状態の木は放置され腐っていたのですが、この取り組みによって林業家さんも切り出すようになり、山が元気な状態になるんです。

この山で切り出された木を加工する文化が京北で生まれて、「一緒にこんなのつくろうよ!」って人が集まってきたらいいなって。
京北でつくることでここの人たちにお金が落ちて、地域の経済が元気になるっていう、循環型の社会がつくれたらいいなと考えています

明るくて気さくな堤さんの周りには、取材の最中も自然と多くの仲間が集まってきていました。「いつも周りに助けてもらっています」とはにかむ堤さんですが、周囲の皆さんもとても楽しそう。

堤さん:
僕も一緒にやっている仲間たちも、楽しくて集まってる。漆は素材だけでなく「楽しい」をつなぐものにもなってるんですよね

取材中、堤さんたちは工房からほど近い、夕日が綺麗だというスポットに案内してくれました。ゆるやかに流れる小川に暮れゆく茜色の陽が反射し、きらきらと美しく京北の丘を輝かせます。
夕日に照らされた堤さんは「堤さんに会わなかったら漆に一生興味持たなかったけど、漆ほんとかっこいい!って漆器にも興味を持ってくれる若者が増えたんです」と嬉しそうに教えてくれました。

すっかり日が暮れた取材後。新しいプロジェクトの打ち合わせがあると、仲間の皆さんと談笑しながら工房に戻っていく堤さんの姿には、「次世代に楽しさと伝統を伝えたい」という頼もしさが垣間見えました。